その背に負うもの2
昨日は物理的な「背負うもの」のお話をしましたが、今日は精神的な「背負うもの」。
まあ、そんなにかっこいいことなんか全然言えないのですけど、仮に、自分に何らかの仕事が任されたとしましょう。それは仕事を任せた人が自分にその仕事の成果を期待している、ということですよね。たとえ、任された側に十分な知識がなかったとしても。では、任された側から考えた時、このことはどのように受け止められているのでしょう。やっぱり最初は「大変だなぁ」とか「面倒くさいなぁ」とかいったところでしょうか。まあそれは仕方のないことだと思います。しり込みしてしまうのは悪いことではないと思うのです。それに、その任された仕事を十分に理解していないのであれば、その仕事の醍醐味とか面白さも解らないと思うのです。そういうのは仕事をやっていきながら徐々に理解していくものだと思うのです。
仕事を任される、ということは同時にその仕事に対して「責任」を負うことでもあります。こう思った時、僕は「十二国記」というライトノベルのお話を思い出します。そのお話では天帝が、仙女が、霊獣が存在し、王が存在します。王となる人物は「麒麟」と呼ばれる神獣に選定されるまではただの「人」であるのですが、選定されてからは「神」となるのです。この世界でも王となる者は天帝から国を治めることを期待され、麒麟を介して国民から期待されています。そして「責任を負う」という抽象的概念を玉座という目に見える形にして背負っているのです。どちらも「背負って」いかなければならないという考え方ができるのです。その責任を負いながら生きていかなければならない世界で、当然悩みながら、すなわち、暗中模索しながら前に進まなければならないというのはなんてしんどい行程なのでしょう。だけど、決断するのは自分です。前に進むのも悩むのも自分です。結局、自分次第ということなのだと思うのです。自分は「過去」という「道」を創り、「今」という「地点」で悩み、そして「未来」という不明瞭な「平原」を見据えなければならないのだと思います。
まあ、訳の解らんことを書いてきましたが、要は「明日も頑張れ」と自分に言いたかっただけなんですけどね。自分の頭の仲で色々思ったことを書き綴ってみたかったのです。今日はもう寝ようかな。
まあ、そんなにかっこいいことなんか全然言えないのですけど、仮に、自分に何らかの仕事が任されたとしましょう。それは仕事を任せた人が自分にその仕事の成果を期待している、ということですよね。たとえ、任された側に十分な知識がなかったとしても。では、任された側から考えた時、このことはどのように受け止められているのでしょう。やっぱり最初は「大変だなぁ」とか「面倒くさいなぁ」とかいったところでしょうか。まあそれは仕方のないことだと思います。しり込みしてしまうのは悪いことではないと思うのです。それに、その任された仕事を十分に理解していないのであれば、その仕事の醍醐味とか面白さも解らないと思うのです。そういうのは仕事をやっていきながら徐々に理解していくものだと思うのです。
仕事を任される、ということは同時にその仕事に対して「責任」を負うことでもあります。こう思った時、僕は「十二国記」というライトノベルのお話を思い出します。そのお話では天帝が、仙女が、霊獣が存在し、王が存在します。王となる人物は「麒麟」と呼ばれる神獣に選定されるまではただの「人」であるのですが、選定されてからは「神」となるのです。この世界でも王となる者は天帝から国を治めることを期待され、麒麟を介して国民から期待されています。そして「責任を負う」という抽象的概念を玉座という目に見える形にして背負っているのです。どちらも「背負って」いかなければならないという考え方ができるのです。その責任を負いながら生きていかなければならない世界で、当然悩みながら、すなわち、暗中模索しながら前に進まなければならないというのはなんてしんどい行程なのでしょう。だけど、決断するのは自分です。前に進むのも悩むのも自分です。結局、自分次第ということなのだと思うのです。自分は「過去」という「道」を創り、「今」という「地点」で悩み、そして「未来」という不明瞭な「平原」を見据えなければならないのだと思います。
まあ、訳の解らんことを書いてきましたが、要は「明日も頑張れ」と自分に言いたかっただけなんですけどね。自分の頭の仲で色々思ったことを書き綴ってみたかったのです。今日はもう寝ようかな。
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